119785 ランダム
 ホーム | 日記 | プロフィール 【フォローする】 【ログイン】

くろすけ雑記帳

くろすけ雑記帳

WHY AND NEVER

WHY AND NEVER AGAIN

 チェコに続き、友達関連で訪れたのはポーランド。これまた、いい人に出会ったものだ。

施設で一緒に働いたオルガは働き者で、小さいころから空手なんて習っていたという子。彼女の家はドイツとの国境に近い街で、ベルリンの方が近いくらいという北の方だ。
それなのに南の旧都クラクフ(って日本語ガイドにはあるけど、音聞いていると違うような気がする。「カラコゥ」って風だろうか?始めオルガが誘ってくれた時、どこの街か判らなかった)まで、車で来てくれた!それも電車到着は朝五時半!! 感謝!!!

私が歴史好きだよ、ということを知ってオルガが選んだKrakow.かつての王都であり、蒙古軍の襲来を知らせたラッパ、という故事が残っているような場所。川沿いにあるバベル城は竜の住む洞窟があったりして、なかなか楽しい。

でも、この街が何より有名なのはホロコーストに関係することだろう。

ここから車で程近い場所、ポーランド名オフィシエンチウム。アウシュビッツという方がみんなに知られている、そんな場所のため。

ヨーロッパをまわっていて、人の中にある光と闇と出会う気がする。例えば、バチカンでみた至高を求める情熱、才能。そしてここでであう、深い闇。

ピーター・フランクルの著「夜と霧」はあまりに有名だ。余談だが、少し前に見た改訂版では、以前にあった冒頭の資料写真がなくなっていたように記憶している。どうしてか判らないけど、残念な気がする。与える印象が強烈過ぎると思ったのだろうか?

 強烈な印象としては今までに類を見ないものだった。

 去年、ドラマ「白い巨塔」でアウシュビッツロケしていたから、見た人も多いことだろう。
 ちなみに原作では、ドイツの学界に行った主人公はダッハウの収容所にいったはずだ。どうしてポーランドに変わったのかな?と思ったけど、ロケ的には整頓されたダッハウより荒涼としたアウシュビッツ・ビルケナウの方が映像的にも宣伝的にも効果的だったことだろう。
 
 さておき。
 
 続く壁、または鉄条網、建物群と行き止まりの線路。たくさんの人たちがきた貨車は、帰りには空っぽ。その人たちが持ってきたもの、身につけていたものが保管されている建物。
 
 数え切れないトランク。数え切れない靴。数え切れない眼鏡。数え切れない義足。

 数え切れない人髪の束。そしてそれで作られたという布。残っているものだけでもはかりしれない。

 私の中の何かが、認めることを拒否していた。考えることを拒否していた。感じることも拒否したがった。眼を瞑りたかった。見たくなかった。感じたくなかった。でも、見ずにはいられない、感じずにはいられない空気がひしひしと迫っていた。

 第一収容所アウシュビッツは建物のつくりもまだしっかりしているし、資料としてしっかり保存されているという感じだが、第二収容所ビルケナウは木造バラックだ。初夏に勢いよく伸びてくる緑が、老朽化してくる茶色のくすんだ木造バラックをより際立たせているように見える。

 何もない建物の中。ほんとに何もない。人のいるような場所ではない。でも、確実に半世紀前ここに、人がいた。尋常でない状況で、尋常でない目的のために。
 
 半世紀前、私が生まれる前のことだ。でも丁度私の母が生まれたころのこと。そう、そんな遠い昔のことではない。

 暖かい柔らかい日差しの中でも、寒気を感じる。そんな場所。
 誰もいなくなったあとでも、寒気を感じる。そんな場所。
 かつて、その時、その瞬間。どんなだったことだろう。

 何が不思議って、どうしてこんなことが…ということ。SPだって、家に帰れば誰かの子供であったり、父親であったり、兄弟であり、旦那さんであり、友達であり、隣人だ。仮に隣に住んでいた人がユダヤ人だとして、それで何のためらいもなく、何も感じずに、コトが起せるのだろうか。

 そして、ホロコーストというとユダヤ人、というイメージが強いがユダヤ人だけでなく、政治犯・障害者・性同一障害者など人種というカテゴリーだけでない多くの人たちがここに集められた。無作為に集めていて、あれだけの義足があるとしたら、本当に恐ろしい。

 話が戻るが、せめて知り合いには何かを感じたと思いたい。知らない人になら、何してもいいのか、というわけではないけど、不公平かもしれないけど、せめて自分にかかわりのあった人くらい…と思わずにいわれない。

 爆破され、証拠を消そうとしたのだろうな、という感じのガス室。隠し通せるはずがない。そこには訪れた人たちからのたくさんの献花とメッセージがあった。

NEVER

 その通りだ、と思った。

 とはいえ、世の中不条理は続いている。世界が子供ばかりだったら、喧嘩してもすぐに仲直りできるのかな。一対一なら、お隣さんなら解決できることも、国対国になるとお隣さんでは余計大変。
 
 何が起こっていたか、起こっているかを知らないで、仲良くすれば、なんて簡単に言えないのも頭の半分で思うけど。でもそこを引きずり続けていてもコトは動かない、変わらない。
 自分に何が出来るかなんて、正直わからない。コルベ神父のような人格者でもない、ただの人間だ。でも、シンドラーだって始めはそうだったかもしれない。
 
 その時、その場に直面しないとわからないけど、人の中にある善きものが全くなくなるものではないと信じたい。自分の中にもそれがあると信じたい。脆いけど立ち上がる強さがあるはずだ、と。

コンナコトガアッタノニ、マダツヅケテイル。
WHY AND NEVER AGAIN



© Rakuten Group, Inc.